絵筆を握る手 22 [novel]
リハビリのおかげか、手がやっと少し動くようになった。
しかし、動かすのには多大な労力を要し、一日に一時間も動かせるか怪しかった。
しかも、細かな作業は出来ない。
字を書いてみたとしても、その文字は震えていた。
絵筆はあれ以来握っていない。
手が動かせるのはもう奇跡であって、考えてもいない事象だった。
手が動くことはもう諦めていた出来事だったのだ。
それが、こんな見るのも辛い現実ではあれ、動くようになっている。
もうこれだけで十分達成感があった。
絵筆を握るのは、とても悲しすぎてする気が無い。
もう昔のような繊細な絵はかけない。
頭ではわかっているのだが、その現実を見たくはなかったのだ。
あのような素晴らしい絵をかく腕はもう無いのだ、その現実を突きつけられそうで怖かった。
それどころか、今まで書いた絵は封印した。
もうかけないことに悔しさと無念を覚えてしまいそうだったからだ。
ある時、彼が私に、私の書いた絵を見たいといってきたことがある。
それでも私は頑として見せようとはしなかった。
見たら、自分が壊れそうで怖かったから。
現実を、受け入れるだけのゆとりが今の私には無かったのだから。
そのことは彼もわかってくれたのか、それ以来聞かれたことは無い。
ただ、それで生活を営もうとした私の『絵』に興味は失せていないようだった。
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